「伊豆の踊子」の＜物乞ひ旅芸人＞の背後

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1、「伊豆の踊子」の＜物乞ひ旅芸人＞の背後―――周瑞麒　0071113003　三年一組　「伊豆の踊子」は淡く、清冽な初恋を描いた名作として、万人受けして、幾度も映画化されてきた。とくに作品中の「旅芸人一行」はとても印象的で、大変重要な役割を果たしている。本作品を正確に理解するのに、旅芸人という人たちの存在を強く意識しなければならない。また、旅芸人の歴史などを知る必要が十分あると思う。奥野健男の次の論がある。「（前略）芸人は徳川時代から、川原乞食などと軽蔑されてきた。しかし一方後白河法皇が、白拍子などの歌や踊りに夢中になり、（中

2、略）上流貴族とこれまで卑賎視された芸人とは不思議な交歓があった。芸人に対する特別のひいき、さらには憧憬という日本人の古来からの心情を、新しく現代に生かしたのが「伊豆の踊子」である。」①　　つまり、「伊豆の踊子」の時代では、一般人が旅芸人に対する態度は複雑で憧れとひいきでもあるし、軽蔑でもある。でも、小説には、旅芸人を卑賎視するところが時々出る。＜宿のおかみさん＞や＜茶屋の婆さん＞の、甚だしく軽視する態度、それに「物乞ひ旅芸人村に入るべからず」という立札などは、明らかに遍歴民に対する定住民の偏見の表れである。では、旅芸人が軽

3、蔑される理由はなんだろうか。１．身分の違いは旅芸人が軽蔑される理由の一つと考えられる。網野善彦はこのような説がある。「旅芸人」とは、漂泊芸能者である。だから、漂泊·遍歴民となる。それに対するのは定住民である。定住民から見れば、定住が正統で、漂泊·遍歴民は定住共同体から脱落·流離した異様·異端という見方になった。最初に、定住民は漂泊芸能者の来訪に畏敬と侮蔑の混合した心態をもっていたが、定住社会の発展とともに、神は乞食、畏敬は賎視に転化してしまった。こうして、ますます芸能者たちが蔑まれていった。一方、遍歴民の側からすれば、遍歴

4、は日常で、当然、定住は非日常な事態である。しかも、人類史からみれば、漂泊·遍歴こそ人類本来のあり方ともいえる。したがって、定住民側か遍歴民側か、どちらに立つかによって、この世界が大きく異なって見えてくるに違いないと思う。２．業種への偏見は旅芸人が蔑まれている理由のもう一つと挙げられる。日本人の暮らしの季節感が来訪する芸能者によって一層印象づけられることもすくなくなかった。芸能者は元来、神ごとを演じることを職業とした。しかし定住民は彼らの姿に神の面影を認めつつも、彼らを「乞食」を呼ぶことをためらわなかった。形あるものを作り出

5、して生記を立てる農耕定住民にとって、芸能という無形の行為を売って報酬を得る芸能者の存在は「物もらい」と同様だというのが大方の理解だった。面白いのは、本作品の主人公＜私＞は旧制一高の制帽の示すとおり、エリートの卵である。それが、踊子は卑しまれている旅芸人の美少女である。簡単に言えば、定住民の中でも社会地位の高い方の＜私＞が、遍歴民としての１４歳少女をはじめ、旅芸人と一緒に、奇妙な、「けっして一緒に旅をしたりなんかしない」②　旅をした。さらに、踊子のおかげで、自分が一人旅行の意義を発見した。＜私＞は「孤児根性」という「今まで自

6、我が受け入れたくないと拒んでいたものを、『これも自分だ』と認めて、自我の中に統合することによって、自分自身が変容しているのを、何となく感じることができ」③　たのである。それに気づかせてくれたのが、踊子と千代子の「いい人」という言葉だったと解することができる。定住民の＜私＞は、実は家のない孤児である。遍歴民の踊子一行は、実は伊豆大島をうちとしている。＜私＞の日常――定住は、踊子にとっては非日常であるが、踊子の日常――遍歴、は＜私＞にとっても非日常である。天下の一高生が、たまたま鬼の番するトンネルを潜り抜けて、遠い島から来た舞

7、姫に邂逅して魂を浄化するこの物語が、実に面白い。①奥野健男　「解説――鮮やかな感覚表現」　（『伊豆の踊子』集英社文庫、一九九三・六）①橋本治　「鑑賞」　（『伊豆の踊子』集英社文庫、一九九三・六）②山根はるみ　『ユング心理学』　（日本実業出版社、一九九九・九）