退行催眠が治療に利用されているという

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1、退行催眠という現象が治療に利用されているという。何かが引っ掛って心の健康が保てず苦しんでいる患者に施し、原因を突き止める為どんどん過去へ遡っていくのだそうだ。そのデータを世界中からできるだけ収集し、仮説を立てて研究を続ける学者が日本にいらっしゃる。未だ途上のその仮説は｢人間は自ら環境を選び、役割というか目的をもって生まれてくるらしい｣そして何と｢生命は繰返しているようだ｣というものだ。行き詰まっている自分をもてあましていた慧子に、その学者の著書をプレゼントしてくれたのは息子くらいの若者であった。読み進むうちに慧子は自分が生まれてきた環境に思いを巡らせ

2、ていた・・・。　慧子の母、淑子は幼い頃関東大震災に遭遇している。三歳だった淑子は妹の勢子と二人、部屋中を転がっていた。家にいたおとなは母親｢鶴｣と｢ねえや｣。当時三十歳の母はよろめきながら部屋に飛び込むなり小さな妹に覆い被さった。淑子は｢ねえや｣を呼び続けたが、彼女は隣室にいた六歳の兄｢敦史｣の庇護を命じられ動けなかった。淑子の恐怖は父｢雅淑｣が帰宅するまで続いたという。淑子の家族　雅淑･鶴夫婦は長岡の出身である。財閥傘下の会社で取締役を務める雅淑の活躍は、時折写真入りで新聞に掲載されたりしていた。三十代半ばにして重役に就任した訳はひとえにその出自に

3、あった。明治維新に向い若いエネルギーがぶつかり合った中で会津と共に最後まで新政府に抵抗した長岡藩。その気概は百三十年を経た今でも、時折覗える。しかし二百年以上戦争と無縁に暮してきた「多くの民」は、わが糊口を守り｢生残る方策｣を求めたようだ。　長岡城下の八十五％を五月に失い七月には更に、残りの四割を焼失し、近郷の被害も甚大という段になって、藩主牧野忠訓は謹慎し、十二月には弟忠毅が相続を許されたが七万四千石から５万石も減らされ士族は困窮に喘いだ。当然民の苦しみも目に余り、全国に先駆けて新政府に版籍奉還を願い出て、忠毅が｢藩知事｣に任命される道をたどってい

4、る。もともと雪深く往来が不自由な上、度重なる河川の氾濫や冷害などの苦難に村中心で生残りを模索してきた土地柄は究極の場面での選択に影響したとみえる。以来四十五年にわたる明治政府の国造り。政権を担った若き天皇と彼を囲む薩長土の人々の草創期は否定(戦争)と独占でスタートしたが、時間の経過につれて民の支持を得る為に幅広い｢工夫｣が必要となり、生残っている人々の経験や歴史のもたらす智慧の中に、学ぶ事があると気付きだす。藩政に心を砕いた人々や一族、厳しい自然と向き合う生活に耐え抜いていた農民、経営に工夫を凝らしていた商人などから学ぶ事が多くなり、次第に人材も求め

5、るに及んだ。江戸時代から既に日本の文化水準は高かったといわれている。外国と肩を並べようという意識もあって人材育成に努め、公教育も急速に普及した。雅淑は維新時武器をとって村を守る立場の郷中(いわゆる庄屋)を務めた家に生まれた。三男坊だった。維新後は上級の武家でも自活の為に身分を問わず様々な仕事に参画する中、藩主牧野家も率先して道を模索し、柏の紋所入りの酒“柏露”を造る柏屋という酒屋を営んでいた。ましてや次男・三男などは当然、所産を問わず自活を強いられ、女子は紡績工場や奉公に出されていった。中には地の利を活かし、積極的に商売を進め、意気込みを強くする人々

6、がいて油田を開発したり、川を中心に運送会社を興したりしていた。そんな中、農民に追討ちを掛けるがごとく洪水が襲った。たくさんの小作を抱える地主の多くが土地買収に応じ｢大地主の管理職｣に姿を変えていった。時代は信濃川の分岐や鉄道、郵便、金融の新しい事業に民の力を集めていく。江戸時代から続く商人の活躍もめざましかった。日清･日露の戦争に勝利し、新たな文化が芽吹きはじめる大正へと流れていた。長男は代々の土地をほとんど失ったが、旧家として御真影を掲げ小作を束ねる｢いわゆる中間管理職のサラリーマン｣としてつつましく生きていた。次男は明治四十二年上京し苦学の末、三

7、権分立を謳う憲法の元での司法官試験に合格し、昭和に至っては裁判長に任じられた。自由闊達を欲し、家族揃ってキリスト教に帰依したらしい。淑子のいとこ達は現在(平成十五年)も敬虔なクリスチャンである。三男雅淑の就職にあたって、一族の人脈が何らかの働きをした事は想像に難くない。将来の日本を背負う重大な業種として設立された岩城セメントの重役という職は、雅淑が希望したものか、兄達の世話であったのか・・。ともあれ東京の中野に住居を構え、恵まれた立場を得て｢ねえや｣や「ばあや」もいるという裕福な暮しぶりであった。鶴は当時飛ぶ鳥を落す勢いの呉服屋の末娘だった。二十歳も

8、年が離れた働き者の長姉と違い、老いて得た子は両親にとって掌中の珠。いわゆる｢乳母日傘｣で育った。鶴の自慢は当