中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf

中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf

ID:48131549

大小:413.67 KB

页数:199页

时间:2019-11-30

中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf_第1页
中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf_第2页
中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf_第3页
中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf_第4页
中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf_第5页
资源描述:

《中山元-フーコー入門(ちくま新書,1996)横.pdf》由会员上传分享,免费在线阅读,更多相关内容在学术论文-天天文库

1、1フーコー入門中山元23目 次     序 現在の診断        ――フーコーの方法 第1章 人間学の〈罠〉 第2章 狂気の逆説      ――『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』 第3章 知の考古学の方法      ――『言葉と物』『知の考古学』 第4章 真理への意志      ――『監視と処罰』 第5章 生を与える権力      ――『知への意志』 第6章 近代国家と司牧者権力 第7章 実存の美学      ――『快楽の活用』『自己への配慮』 終りに 真理のゲーム4    注    あとがき5  【序】  現

2、在の診断  ……………………  フーコーの方法6 ミシェル・フーコーはつねに〈現在〉の哲学者であった。〈現在〉の哲学者とは、たんにアクチュアルな問題を分析し、検討する哲学者であるだけではない。〈現在〉の意味を分析し、その成立の根拠と背景を考察し、この社会で生きることの意味と問題を問い直す哲学者である。フーコーはこのことを繰り返し強調している――「わたしが試みているのは診断すること、現在の診断を実行することです。それは現在の〈われわれ〉とはどのようなものであるか、現在われわれが語ることには、どのような意味があるかを

3、明らかにすることです(1)」。〈現在〉とはなにか――これは哲学の古いテーマであると同時に、ある時代的な刻印をおびたテーマである。ヘーゲルはかつて『哲学史講義』において、われわれが当然と考えるものも、その背景に膨大な歴史と事実を蔵していると語ったことがある――われわれはアメリカについて直接知ることができる。しかし直接的にみえるこの知は、極めて媒介されている。わたしがアメリカに立って足元の土を眺めることができるためには、そこに旅行しなければならないが、そのためにはコロンブスがアメリカを発見していなければならず、船が造

4、られていなければならず、航海の術が明らかになっていなければならず、それまでの人間の一切の知が前提されていなければならない。 ヘーゲルがここで強調しているのはすべての知の媒介性であるが、〈今〉と〈ここ〉というテーマが大きな問題となったことは、近代という時代の一つの特徴であった。それ以来われわれは、人間の知というものは、一回限りの歴史の膨大な蓄積を前提としていることを認識するようになった。 われわれが語るすべての言葉、われわれが手にするすべての道7具、それらは単純なものにみえても、地球の歴史における長い蓄積によって初

5、めて可能となったものである。そうしてみると、われわれの目の前にあるこの一冊の本は紙の集積ではなく、厖大なテクストの総体であり、その背景に紙と文字が可能になり、発明され、利用されてきた人間のすべての歴史を隠しもっているのがわかる。 それをたとえば書物の背後に潜む〈地層〉のように考えてみよう。するとこの〈地層〉の歴史的な構成によって、はじめてこの書物が、この形態で、この具体性において実現されたことが理解できる。フーコーが〈考古学〉というテーマで考えているのはこのことである。フーコーは同じ文章で次のように語っている。「

6、われわれの足元を掘り下げること、それがニーチェ以来の現代の思考の特徴です。わたしはその意味で自分が哲学者であると思います」。 しかし同時に、この〈現在〉への問いは、一つの時代的な産物でもある。こうした問いが可能となるためには、一つの歴史を必要とし、問いの主体が生まれる条件が整うことが必要だったのである。問いの対象の問題が、問いの主体の問題を孕むようになったのは、近代という時代の一つの特徴である。フーコーは、われわれの知の対象だけではなく、こうした知を可能にするわれわれ自身、すなわち知の〈主体〉が一つの歴史的な累積

7、の産物であることを強調した。このような問いかけを行うことができる〈われわれ〉とはだれか、「まさしくこの瞬間において」存在するこのわれわれとはだれか。この社会の中で生き、欲望を抱き、人々と関係を結んでいる〈われわれ〉とはだれか、あるいは社会で生き難く感じ、社会を変えてゆくにはどうすればよいかと模索する8〈われわれ〉とはだれか。 フーコーはこのわれわれという〈主体〉に向けられた考古学を〈系譜学〉と名づけている。真理とはなにかという問いを、真理を語る者はだれかという主体についての問いに転換することによって、この〈系譜学

8、〉という概念を提示したのはニーチェだった。フーコーはこのニーチェの問いにならって、〈系譜学〉という方法で、知の客体の歴史性ではなく、知の主体の歴史性を問おうとする。 フーコーは自分は哲学者であるよりも、〈現在〉を診断し、〈現在〉の意味を問う者であると考えていた。フーコーがつねに問題としていたのは、現在に生きることの意味であり、現在において思考する主体としての〈われわれ〉の

当前文档最多预览五页,下载文档查看全文

此文档下载收益归作者所有

当前文档最多预览五页,下载文档查看全文
温馨提示:
1. 部分包含数学公式或PPT动画的文件,查看预览时可能会显示错乱或异常,文件下载后无此问题,请放心下载。
2. 本文档由用户上传,版权归属用户,天天文库负责整理代发布。如果您对本文档版权有争议请及时联系客服。
3. 下载前请仔细阅读文档内容,确认文档内容符合您的需求后进行下载,若出现内容与标题不符可向本站投诉处理。
4. 下载文档时可能由于网络波动等原因无法下载或下载错误,付费完成后未能成功下载的用户请联系客服处理。