6、力争いをするようになった。荘園の所有者は自分の土地を守るために、一族や家来に武器を持たせるようになり、これが[ ① ]のおこりである。 武士はより有力な武士を棟梁(とうりょう)として傘下に入り、[ ② ]が形成されていった。935年に関東で[ ③ ]が、939年には瀬戸内海で[ ④ ]が反乱を起こした。これらの乱を平定したのも[ ② ]であった。 [ ② ]はさらに互いに勢力を争いながら、貴族や天皇など血すじや家柄のよいものに集まり、清和天皇の子孫である[ ⑤ ]と桓武天皇の子孫である[ ⑥ ]の2つの