司马辽太郎国盗り物语.pdf

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1、目次国盗り物語斎藤道三開運の夜奈良屋のお万阿運さだめ小宰相京へ帰る淫楽有馬狐兵法者お万阿悩乱初更の鐘奈良屋の主人奈良屋消滅歓喜天美濃へ常在寺金華山朱唇深芳野西村勘九郎京の夢お万阿問答槍術「一文銭」槍、槍水馬林の中で天沢履虎の瞳深芳野を奪る川手城火炎剣那那姫府城乗っ取り大狂言女買い夕月香子小倉山問答藤左衛門続・藤左衛門夜討上意討雲がくれ道三舞いもどり法師白雲雑話松山合戦小見の方雨姓は斎藤馬鞭をあげてわが城木下闇二条の館月の堂紙屋川若菜織田の使者美濃の蝮淫府漁火三段討英雄の世尾張の虎蝮と虎濃姫京の灯織田信長三助忍び草華燭蝮の子くわっ美濃の使者菜の花清洲攻略猿の話お勝騒動秘事崩るる日戦端南泉

2、寺の月長良川へ血戦お万阿の庵朽木谷森の怪異桶狭間風雨須賀口一乗谷六角斬り堺と京浮沈美濃攻略光秀奔走剣と将軍奈良一乗院奈良坂甲賀へ和田館半兵衛藤吉郎探索花籠夕陽湖水渡り転身豹の皮桔梗の花謁見道三桜天下布武上洛軍京の人々大願成就洛中合戦九つの蛤葉桜秀吉身の運梅一枝遊楽敦賀退却清水坂千種越寝物語ノ里姉川戦塵孫八郎変報雪猛炎唐崎の松信玄山崎の雪槙島箔濃日向守伊丹城竹生島甲斐備中へ参籠時は今叛旗本能寺幽斎小栗栖あとがき解説（奈良本辰也）国盗り物語司馬遼太郎落ちついている。声が、である。その乞食は、御所の紫宸殿のやぶれ築地に腰をおろし、あごを永正十四年六月二十日の星空にむけながら、夜の涼をとってい

3、た。風は、しきりと動いている。御所とはいえ、もはや廃墟といっていい。風は、弘徽殿、北廊、仁寿殿の落ちた屋根、朽ちた柱のあいだを吹きとおりつつ、土塀の上の乞食のほおをなぶっていた。世は、戦国の初頭。――「国主になりたいものだ」と乞食はつぶやいた。ひとがきけば狂人とおもうだろう。が、乞食は大まじめである。事実、この夜のつぶやきは、日本史が永久に記憶しなければならなくなった。「草の種ならば、種によって菊にもなれば、雑草にもなる。が、人間はひとつの種だ。望んで望めぬことはあるまい」乞食。――厳密には乞食ではないのだが。京の西郊、西ノ岡のうまれ、――かつては妙覚寺本山で、「智恵第一の法蓮房」とい

4、われた若者である。智恵第一どころか、「学は顕密の奥旨をきわめ、弁舌は富婁那（釈迦の弟子・古代インドの雄弁家）にもおとらず」といわれるほどの学識もあった。舞もできる。鼓も打て、笛を唇にあてれば名人の域といわれ、しかも、寺で教わりもせぬ刀槍弓矢の術まで、神妙無比の腕に達している。いまの名は、松波庄九郎。――おもうところがあって衣棚押小路の妙覚寺大本山をとびだし、還俗した。髪をのばしはしたが、京は応仁以来の戦乱で荒廃し、諸国はみだれ、さて食えるあてはない。戦国。――といっても、この松波庄九郎、つまり後に戦国諸大名を慄えあがらせた斎藤道三の若いころは、まだ、家門がものをいう時代で、いかに有能で

5、も、氏素姓もない庄九郎をいきなり士分に召しかかえる大名はなかった。（――足軽かせぎなら）口はある。が、この自負心のつよい若者には、足軽奉公などは、死んでもいやだった。ついに、乞食に落ちぶれてしまった。「王にはなりたくないが」と、庄九郎は、背後の内裏をみた。庄九郎だけが乞食ではないのである。灯がひとつ、ともっている。そこに、この国の天子が住んでいる。庄九郎とかわらぬ極貧人で、毎日雑色が、「関白袋」と称する袋をさげて京都市中をまわり、一握りずつの米をもらいあるき、かろうじて御所のその日の煙をたてていた。先帝（後土御門帝）が亡くなられてすでに十七年になるが大喪もなされていない。当今の後柏原帝

6、が践祚されてこれまた十七年になるが、即位の費用もない。「王にはなりたくないが、将軍、それがむりならばせめて国主になりたいものだ」「夢じゃ」と、足もとで笑った男がある。やぶれ築地の下で、犬のようにうずくまって臥ている。庄九郎が、妙覚寺大本山をとびだすとき、――わしを家来にしてくだされ。と付いてきた赤兵衛という寺男である。気転はきくが、妙覚寺でももてあましの小悪党で、盗み、かどわかし、にせ祈祷師、やらぬ小悪事はないという男であった。麻の襤褸をきて縄を一すじ腰にまいているが、野太刀だけは一本、だいじそうに右肩から背負い掛けていた。その点、庄九郎もおなじである。「なにが夢かよ」庄九郎は、星にむ

7、かってうそぶいた。「ふん」赤兵衛は、あざわらった。「夢ではおざりませぬかい。お前様のようなお人に付いて出たがために、とうとう乞食になりはててしもうた」「将来は、栄耀栄華を見せてやるわ」「すえのことよりも、いまの一椀のひえがほしいわい」「乞食め」庄九郎は笑った。「これは心外。お前様も乞食ではおざりませぬか」「物乞いはするが、将来に望みはもって生きておる。一椀の望みで夢をうしなうようなやつを、乞食とはいうぞ」さわやかな声である。貌は、異相であった。