美しい日本の私

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时间:2019-06-29

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1、美しい日本の私“春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて冷しかりけり”(道元禅师)“云を出でて我にともなふ冬の月风や身にしむ雪や冷たき”“山の端にわれも入りなむ月も入れ夜な夜なごとにまた友とせむ”“隈もなく澄める心の辉けば我が光とや月思ふらん”“あかあかやあかあかあかやあかあかやあかやあかあかあかあかや月”(明恵上人)「歌を咏むとも実に歌とも思はず」(西行)の趣きで素直、纯真、月に话しかけるそのままの三十一文字でいわゆる「月を友とする」よりも月に亲しく月を见る我が月になり、我に见られる月が我になり自然に没入、自然と合一して

2、います。暁前の禅堂に坐って思索する僧の「澄める心」の光を有明の月は月自身の光と思ふだらうといふ风であります。「我にともなふ冬の月」の歌もまことに心やさしい思ひやりの歌とも受け取れるからであります。云に入ったり云を出たりして禅堂に行き帰りする我の足もとを明るくしてくれ狼の吼え声もこはいと感じさせないでくれる「月の光」よ风が身にしみないか、雪が冷たくないか。私はこれを自然、そして人间にたいするあたたかく、深い、こまやかな思ひやりの歌としてしみじみとやさしい日本人の心の歌として人に书いてあげています。雪の美しいのを见るにつ

3、け月の美しいのを见るにつけつまり四季折々の美に、自分が触れ目覚める时実にめぐりあふ幸ひを得た时には亲しい友が切に思はれ、このよろこびを共にしたいと愿ふつまり美の感动が人なつかしい思ひやりを强く诱い出すのです。この「友」は、広く「人间」ともとれませう。また「雪、月、花」といふ四季の移りの折々の美を现わす言叶は日本においては山川草木、森罗万象、自然のすべてそして人间感情をも含めての美を现わす言叶とするのが伝统なのであります。そして日本の茶道も「雪月花の时、最も友を思ふ」のがその根本の心で茶会はその「感会」よい时によい友だ

4、ちが集ふよい会なのであります。「春は花・・・」この道元の歌も四季の美の歌で古来の日本人が春、夏、秋、冬に第一に爱でる自然の景物の代表をただ四つ无造作にならべただけの月并み、常套、平凡、この上ないと思へば思へ歌になっていない歌と言へば言へます。“形见とて何か残さん春は花山ほととぎす秋はもみじ叶”これも道元の歌と同じやうにありきたりの事柄とありふれた言叶をためらひもなく、と言うよりも、ことさらもとめて连ねて重ねるうちに日本の真髄を伝えたのであります。まして、良寛の歌は辞世です。“霞立つ永き春日に子供らと手毬つきつつこの日

5、暮しつ”“风は清し月はさやけしいざ共に踊り明さむ老いの名残に”“世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり游びぞ我はまされる”これらの歌のような心と暮らし草の庵に住み、农夫と语り、信教と文学との深さをむづかしい话にはしないで「和颜爱语」の无垢な言行とししかも、诗歌と书风と共に、江戸后期十八世纪の终りから十九世纪の始め日本の近世の俗习を超脱古代の高雅に通达して现代の日本でもその书と诗歌をはなはだ贵ばれている良寛その人の辞世が自分には形见に残すものはなにも持たぬしなにも残せるとは思はぬが自分の死后も自然はなほ美しいこれがただ

6、自分のこの世に残す形见になつてくれるだらうといふ歌であったのです。日本古来の心情がこもっているとともに良寛の宗教の心も闻こえる歌です。“いついつと待ちにし人は来りけり今は相见てなにか思はん”このような爱の歌も良寛にはあって私の好きな歌ですが老衰の加わった六十八歳の良寛は二十九歳の若い尼、贞心とめぐりあってうるはしい爱にめぐまれます。永远の女性にめぐりあへたよろこびの歌とも待ちわびた爱人が来てくれたよろこびの歌とも取れます。「今は相见てなにか思はん」が素直に満ちています。禅宗には偶像崇拝はありません。禅寺にも仏像はあり

7、ますけれど修行の场、坐禅して思案する堂には仏像、仏画はなく、経文の备へもなく瞑想して、长い时间、无言、不动で坐っているのです。そして、无念无想の境に入るのです。「我」をなくして「无」になるのです。この「无」は西洋风の虚无ではなくむしろその逆で万有が自在に通ふ空、无涯无辺、无尽蔵の心なのです。“问へば言ふ问はねば言はぬ达磨どの心の内になにかあるべき”“心とはいかなるものを言ふならん墨絵に书きし松风の音”(一休禅师)これは东洋画の精神でもあります。东洋画の空间、余白、省笔もこの墨絵の心でありましょう。「见ずや、竹の声に道

8、を悟り、桃の花に心を明るむ」(道元禅师)「ただ小水尺树をもって、江山数程の胜机を现わし暂时倾刻のあひだに、千変万化の佳兴をもよほす。あたかも仙家の妙术と言ひつべし」(池坊専応)西洋の庭园が多くは均整に造られるのにくらべて日本の庭园はたいてい不均整に造られますが不均整は均整よりも、多くのもの、広いものを象徴出来るからでありませう。勿论その不均整は

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