ノルウェイの森

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1、『ノルウェイの森』の〈空間〉　　　　　　　　　　　　　蔡超群2007221103310004要約「１００パーセントの恋愛小説」である『ノルウェイの森』における「僕」を中核とする恋愛のあり方は、「１００パーセント」と語るにはあまりも救いがたい喪失感に満ちた哀しい男女の関係の姿である。そこには、恋愛の最中にある、一般的な男女の甘美な愛の記憶とは無縁の、それぞれに失われ損なわれた者たちの静かで切ない物語があり、そこでは記憶とともに共有される言葉や行動、官能的な肉体の交歓すらも、彼らが奏でる恋歌のもとではすべてが哀しく、虚ろに響く。彼らは自分たちに突如として

2、訪れた死を、自己の生に内包することで生を相対化し、その未成年性に裏付けられた自己の「不完全さ」を抱えながら、自己を外的で経済的・制度的なシステムとして囲繞する「社会」の中に生きようとする。そこには他者を必要としてしか生きられない彼らの「恋愛」の姿があるのであり、したがってここにおける「恋愛小説」としてのこの小説は、男女間の「恋愛」というテーマと平行して、未成熟の彼らが抱える不完全性や不安定さを、外部社会へと収斂させ、自己アイデンティティを獲得してゆく「成長」の物語として現われている。そしてそれが逆説的な形において、この物語における「成長」という運命が

3、抱える救い難さが、そしてアイデンティティ獲得の代償としての喪失と悲哀が、彼らの恋愛を軸として浮き彫りにされてゆくのである。私は『ノルウェイの森』におけるこの喪失感と悲哀に満ちた救済の不可能性を〈空間的〉・観点から捉え、それを基底として物語の構造分析を行なうことで、物語中において実現された「僕」の「救済」とはどのような性質のものであったのかを明らかにしたい。キーワード恋愛　　救済　　成長　　喪失　　空間本論直子と同じく、キズキの死によってから放擲された僕は、現実において精神的な浮遊状態に陥り、現実に対する興味の喪失や、欠落感、社会における方向感覚の喪失

4、に苛まれることとなる。また阿美寮においてはレイコさんに「僕にも人を愛するということがどういうことなのかよくわからないんです」と語り、外界に対する興味を放棄し、愛する能力が欠落しているという点においては直子の精神状態に類似している。しかしながら直子と決定的に異なる点は、僕にはメランコリー的な自我感情の喪失は生じていないということである。つまり僕が失ったものは〈一九六〇年代の共同体〉であり、一人の友人と、そこに存在していた「関係性」である。僕にとっては、直子のようにキズキと自我と肉体の一体感の中で生きていない以上は、キズキ死は純粋な「対象の喪失」として現

5、われている。そこに生じているのは、関係性の消失による「親密性」の喪失であり（僕「考えてみればこの何年間のあいだったいどんな風景に馴染んできたというのだ？と僕は思った。僕が覚えている最後の親密な光景はキズキと二人で玉を撞いた港の近くのビリヤード場の光景だった。そしてその夜にはキズキはもう死んでしまい、それ以来僕と世界とのあいだには何かしらぎくしゃくとした冷ややかな空気が入り込むことになってしまったのだ」）、「他者との関わりの世界」の喪失であった。「世界」の中に自分を失ってしまった僕は、「社会」の中で自分を見出せない。なぜなら彼らは、、自己と他者という関

6、わりの世界の中に歪んだ形として内包されていながらも、社会という枠組みからは疎外されている。そのため共同体に依存的であった僕は「自己」と「外」をつなぐリンクを喪失し、拠るべきもののない彼の中には「何か」の「欠落感」あるいは「純粋な空洞」が生じているのである。先にも述べたが、ここにおける僕と直子の決定的な違いは、僕においては、直子の場合に見られた「自我感情の低下」が起こっていないという点である。「一体」ではなかった僕にとっては、その喪失とは自己に内在的なもの（直子における自我）ではなく、外在的なもの（キズキそのもの、共同体の記憶、関係性、彼と「外の世界」

7、とのリンク）として現われている。そのために、彼には直子のように自己を喪失することによる精神的な障害、メランコリー的な症状は現われてないが、外在的なものの喪失によって生じた悲哀と空虚感は、彼の後の生活に大きな影響を及ぼしている。つまりキズキの死とは、僕においては外在的喪失感をもたらし、直子においては外在的喪失感に加え、自我の喪失という内在的喪失感をもたらすものであり、これこそが彼らの「不完全性」を生み出した要因なのである。この「不完全性」をどのように二人は脱却すべきであるのか、どのようにして僕は直子と関わりその不完全性を補填しようと試みたか、そこにおけ

8、る僕の「回復」に対する認識上の決定的な違いと理解の不可能性を以下に考察してみたい。直子と僕の不完全性の差異に