「会社は踊る」鳩村衣杏

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1、【あらすじ】シンデレラの舞踏会みたいに、理想の恋も人生の喜びも、すべてが揃った舞台の名前は“会社”!?ワーカホリックに陥り、体調を崩してしまった編集者・直（すなお）が転職したのは、エンタメ系の出版社。転職早々社内イベントの運営委員長に選ばれて、破天荒なプロモーション担当者・渡会（わたらい）やノリのいい同僚たちに巻き込まれるように、仕事に、イベントの準備に奔走するが……。恋も仕事も自分の手で掴み取る、ネオ・シンデレラたちに贈るストーリー！１「映画で例えると……今はどんな気分？」　リビングの床に腰を下ろした渡会創介（わたらいそうす

2、け）に尋ねられ、ソファに座っていた利光直（としみつすなお）はちょっと首を傾げた。「そうですね……『有頂天時代』かな」「ああ、いいね。その邦題、嫌いだって人もいるよね」「原題が“SWING　TIME”ですからね」「俺は『有頂天時代』のほうが好きだけどな」「そっちのほうが渡会さんには合ってますもんね。というか、渡会さん自身が有頂天……って感じだから」　直は酔いに任せてケラケラと笑った。　生真面目な直は酒席でも理性を保ち、軽口を叩くことも滅多になかった。それゆえ、いくら渡会と一緒なのが嬉しいといっても、こんなふうにハイテンションにな

3、ってしまうのは、自分でもおかしいのはわかっている。わかってはいるのだが、止められない。「あれ……なんか俺、変ですよね？　なんだろう……すいません、でも──ははは、有頂天男……ぴったり、あははは……」　そう言いながらソファに身を預け、渡会を指差して笑い続ける。そんな直を渡会は少し低い位置から楽しそうに見上げ、おもむろに歌を口ずさみ出した。『有頂天時代』はフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの黄金コンビによるミュージカル映画だ。アステア演じるラッキーはダンサー。ひょんなことからロジャース演じるダンス教師のペニーと知りあい、素

4、性を隠して弟子入りする。　不器用で物覚えの悪い生徒のふりをするラッキーは、呆れるペニーに「ダンスを教えて」と頼む。　ペニーは微笑みながら、こう返す──不可能はない。立ち上がってやり直せばいい。自信を失わないで……。　直は歌いながら腰を上げ、渡会に手を差し述べた。「PICKYOURSELFUP」という曲名どおり、渡会も立ち上がって直の手を取る。　くすくす笑いながら、ダンスの初歩的なステップを踏む。そして映画の場面と同じようにバランスを崩し、ふたりでソファに倒れ込んだ。「うわ！」「おっと……」　渡会にのしかかられ、鼻と鼻がくっつき

5、そうな位置にあってもなお──いや、だからこそ、直の上機嫌は治まらない。「あははー……あは……近い……」　渡会の唇が、開いていた自分のそれを奪いにくる。「……ふ……」　この展開は予測がついた。だが、ふわふわした頭の中で、むしろ自然な流れだと思える。　実際、渡会のキスは心地よかった。身体の重みも、かすかなコロンの残り香も……。「──好きだよ」　蕩けそうな渡会の眼差しを受け、直はうなずく。「……知ってます……だって今、キスされたし……」「そうか、そうだな。順序が逆だった」「そうですよ」「利光は？」「んー……好きです……かな？　うん」

6、「利光くん、酔いすぎ」　渡会は苦笑する。「変ですか？」「いや、別に」「これが俺の正体なんですかね？」「普段は自分を押し殺してるってこと？　いや、どうかなあ……バランスじゃないかな。素地を出すほうが疲れる人もいるしね。俺といると楽しい？」「……疲れるときもあります」「……よくそう言われます」　直は慰めるつもりで、ぽんぽんと渡会の頭を叩いた。「疲れる、なんて言える人、渡会さんしかいません」「酔っぱらいに言われてもなあ……まあ、可愛いからいいか」「あ、それダメですよ。何でもかんでも『可愛い』で済ませるのは、編集者として芸がないって…

7、…小泉くんが言ってました」　ソファからはみ出ている左足をぶらぶらさせながら、直は言う。渡会は直のシャツのボタンを外しながら、答えた。「ちっちゃ泉は放っておけ。俺はもともと『可愛い』は滅多に使わない」「へえ、さすが……って、なんでボタン……？」「利光くんと気持ちいいことしたいから」「なんで？」「好きだから。あと、可愛いから」「そうですか……あ、可愛いって言った！」「俺と気持ちいいこと、する？」「その言い方、なんかちょっと……エロ漫画っぽいですね」「じゃあ──俺の彼氏になって。これでどう？」「んー……普通だけど、共感しやすいっての

8、が読者にとっては一番ですよね。ようやくわかってきました」「えらい、えらい。で、利光くんは俺の恋人になってくれるのかな？」　アルコールの力と恋心で、もともとハンサムな渡会の顔がさらに男前に見える。しかもどアップで。　彼女じゃなくて彼氏……まあ、いいかと直は思った。　恋愛はご無沙